参加型開発とICT4Dプロジェクト(その2)

前回の「参加型開発とICT4Dプロジェクト(その1)」の続きです。

2008年夏、2003年から2005年まで青年海外協力隊として活動していたエチオピアの田舎の高校へ訪れた。
修士論文でエチオピアの遠隔教育プロジェクトを事例に選んだので、その情報集めが目的。

エチオピアの遠隔教育は、各教室に大型の液晶TVを設置して、
首都アジスアベバから放送する授業を見せるというもの。
実験道具や教材がない学校でも、実験や地図などの教材を盛り込んだ授業が受けられるメリットがあるし、
教え方が悪い教師しかいないような学校でも、質の高い授業が受けられるという利点もある。

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とはいえ良い事ばかりでもなく、流される授業は全部英語(しかもネイティブ)なので、英語が苦手な生徒は聞き取りに苦労したり、
途中で疑問が浮かんでも質問出来なかったり、課題を解くための時間が短かったり、停電したりといった問題も。
また、授業が早く進むので、停電したときに同じ分量の授業を、現場の先生が代わりにやろうにも全部網羅出来ないということも。

さて、自分が何人かの生徒にこの遠隔教育について、賛成・反対等の意見を聞いてみたところ、面白い回答が。
ある程度良い学校へいっている生徒は、
「うちらは停電も少なし、英語もある程度理解出来るから良いけど、田舎の生徒は大変だろうな。田舎は先生ですら英語をちゃんと理解出来ないこともあるし、停電も多いし。それに、遠隔教育用のテキストも本屋で売ってない可能性が高いので、復習も難しいよ。」
と、結構ちゃんとした英語で答えてくれた。

そこで、かなり田舎の学校へ行く生徒にも同様に聞いてみたら、
「いやー、遠隔教育は画期的で凄いと思う。授業の質は間違いなく上がっている。」と、以外にもほぼ100%肯定的な意見。
しかし、この生徒は英語で質問に答えることが出来ず、アムハラ語(エチオピアの言語)での回答。

この回答を比較してみると、Low Self-Efficacyの問題がある可能性が考えられる。
つまり、前者の生徒は、ある程度ICTに関する免疫というか慣れがあり、「最先端技術であっても不便なものは不便」と言える自信があり、一方、後者の場合は、田舎育ちで高級な電化製品に触れる機会も少ないため、「最先端技術=スゴイこと」といった盲信や、「英語が出来ないのは自分のせいだし・・・」といったLow Self-Efficacyゆえに、遠隔教育の欠点を指摘するには至らなかったのではないか、と考えることが出来る。

勿論、田舎の教師の質が驚くほど低く、理解が困難でも豊富な映像のあるTV授業のほうがわかり易いといった理由や、自分の想像よりも実は生徒は英語を聞く分には理解しているとか、他にも考えられる理由はあるだろう。
しかしながら、自分と英語での会話が出来ない生徒が、ネイティブが話す英語を理解出来るとは思えないし、いくらなんでも現地語で教えてくれる先生が、すごいスピードで英語を話すTV画面上の講師に劣るとは考えずらい。

このように、自分の修士論文作成のための情報集めは予想外な結果になった。というのも、自分は生徒からいわゆる「本音」(=遠隔教育には欠点がある)を聞こうとしていたのに、以外にも田舎の生徒からは肯定的な意見しか聞けなかったのだ。
これと同様なことが、参加を求めるICT4Dプロジェクトでも起こると考えると、本当に使い勝手の悪さや欠点を指摘出来るユーザー(=被益者=弱者)がいるのかどうか・・・。本当に参加型手法がICt4Dプロジェクトを成功に導けるのかは、議論の余地がありそうである。

参加型開発とICT4Dプロジェクト(その2)」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: Mobile for Learning « ICT for Development.JP

  2. ピンバック: エチオピアの遠隔教育 その後① | ICT for Development.JP

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