タグ別アーカイブ: OLPC

GoogleがRaspberry piを日本の学校に無料提供

Raspberry Pi2

Google、10代向けに「ゼロからプログラミング」ワークショップ Raspberry Piで初歩学ぶ」とのニュースを見ました。ほほう、そんな取組がなされていたとは。このRaspberry Piについては約2年半前にこのブログでも紹介してましたが、その後、先進国、途上国を問わず結構売れている様子。25USDという価格から途上国では学校に導入されるプロジェクトもいくつか行われている。例えば、スワジランドの例がこちらに掲載されていました。カメルーンのケースはこちら

Raspberry Pi

このニュースを見て、ぱっと頭に浮かんだのは、「リバース・イノベーション」。途上国向けの製品が、日本でも使われるようになったのかぁ・・・と。でも、おっと、別にRaspberry PiはOLPCのように途上国にだけ向けて作られたものではなく、先進国も含む全ての児童にプログラミングを学ぶ機会を与えるために作られたのだったと、自分が2年半前に書いたブログを読んで思い返した。

そして、なんとなくRaspberry Piと途上国についてネットサーフィンしていたら、面白い記事をみつけた。ICTWorksの“6 Reasons Why Africa Needs Raspberry Pi More Than OLPC”という記事。OLPCよりもRaspberry Piのほうが途上国に向いているという理由が書いてある。その中でひときわグッときたのは、

“The illiterate of the 21st century will not necessarily be those who can’t read or write but those who can’t read or write code.”

という言葉。ルワンダのICT政策(Vision2020)とケニアのICT政策(Konza city vision 2030)のなかに見られる共通点を示すフレーズとしてこれが使われていた。もともとは、”The illiterate of the 21st century will not be those who cannot read and write, but those who cannot learn, unlearn, and relearn.” by Alvin Toffler (21世紀型のバカとは、単に読み書きができなことではない。むしろ、「学ばない」「学んだことに固執して過去に引きずられる」「学んだことを時代の文脈に即して再定義できない」人を指す言葉だ。アルビン・トフラー)というフレーズ。これの後半を、those who can’t read or write code(プログラムコードが読み書きできない人)としている。面白い。

そして、こういうことをルワンダやケニアのICT政策が示唆している点に感心した。日本の児童にプログラミング(や論理的思考)の楽しさ教えるためにGoogleはRaspberry Piを無料提供してこのような取組をしているけれど、同じような発想がICT政策にもすでに組み込まれていたとは。ある意味、政策の「リバース・イノベーション」とも考えられる・・・かな? と考えながら、Raspberry Piを購入して見たくなってきました。

一人に一台、タブレットPCを配りますか?

ICTWorksWayan.comに興味深いICT4E関連のトピックがあったの紹介。どちらもOLPCやインドのAakash(35ドルのタブレット端末)に代表される、いわゆる「ハードを生徒に配ること」=「教育の質の改善」にはならないという話。

まず、Wayan.comに、「The $35 Aakash Tablet Will Fail Education Just Like the $100 OLPC Laptop Did」(Aakashの35ドルタブレットは100ドルのOLPC同様に失敗する)というタイトルで、ハードを配っても、それをどう活用するかの教育手法のトレニーングを教師に対して行なったり、教育用ソフトやコンテンツを充実させないと、ハードだけでは意味がないということがストレートに書かれていた。なるほど、その通り、と納得出来る。基本的に自分もこの考えだ。でも、コメントの書き込みを読んでみると、反論もないわけでない。まぁ、ハードだけじゃダメってのは分かっているが、それでも、安くなってきたし、生徒が持つことでそれなりにメリットはあるだろう、とも思える。

しかし、そんな「ハードのバラマキにもそれなりの意味はあるだろう」という思いが、ICTWorksに掲載されているVictor Lyons氏の話を読んだら、ちょっと変わった。以下、VictorsLyons氏の投稿のご紹介。

クイズ:
『貧困ライン以下の生活をしいられている発展途上国の田舎の学校。生徒数は30名。必要な教育用コンテンツやソフトが既にインストール済み30台のタブレットPC(ノートPCや携帯電話に置き換えてでも良い)が学校にあるとしたら、この30台のタブレットPCを、生徒一人に一台ずつ配りますか?』

非常に分かりやすい問いかけだ。「モノあるなら、しかもコンテンツも入っているなら、配ったら良いじゃん」と思いました。が、この記事を読むと、それじゃいけないのか・・・と改めて思える。

Victor Lyons氏が実施しているインドの田舎で成人向け識字教育を行うTara Akshar Literacy Programというプロジェクトの話。まず、先生1人で生徒1人を教えることろから始めたが、これではコストがかかりすぎる。そこで、生徒2人でPC一台を共有し、その2人の生徒を先生が1人で面倒を見ることにした。次に、4人の生徒でPC1台を共有し、先生が1人。次に8人の生徒でPC一台を共有し、先生が1人。このようにどんどん効率を上げていったら、最終的に8人の生徒でPC1台を共有し、先生が1人で、3クラスの面倒を見れるようになった。つまり先生1人が24人の生徒を見れるようになったのだ。

この8:1の割合が上手く機能する理由として、対象となる生徒の生活環境があげられる。田舎の生活は常に誰かと一緒。家族だったり、ご近所さんだったり、友人だったり、常に誰かと行動を共にしたり話をしたり。そんな彼らにとって、8人という人数でワイワイガヤガヤしながら勉強するのが楽しくもあり、やる気にもつながった、という。(→①1人ぼっちで勉強が続かない)

PCの活用とは関係ないけれど、2人組で勉強したり、4人グループで勉強することで、勉強の効率・効果が上がると言われる。「確かにそうかも」、と納得出来る気がする人は少なくないだろう。自分も、大学院では良くグループワークをやってたし、それはそれで楽しかったし、何よりも人と一緒に勉強した方が、議論や考えたことが記憶に残る気がする。(→②1人でPCと勉強するのが本当に良いのか?)

また、Victor Lyons氏は、勉強の苦手な生徒たちに歴史を教える立場になったときに、歴史の話をせずに、勉強の仕方を教えた。マインドマップの活用法とか、多重知性をどう活かすかとか、記憶の方法などなど。そして、生徒を2人組にして互いに教え合うように支持した。すると、その生徒達の成績がぐんぐん伸びたという。(→③コンテンツじゃなくて、勉強法が重要)

以上のVictor Lyons氏の話を読んで、①〜③の理由から、「1人1台のタブレットPCを配っても、それじゃダメだなぁ・・・」と改めて納得。そもそもPCに向かって1人で黙々と勉強するってのが、難しいということに気づくだけでなく、1台のPCを共有して使うことで生まれるグループワークの良さがあるということにも気づいた。

そういえは、エチオピアの高校のIT教育でも、生徒は1台のPCを3人で共有していた。早く1人1台の環境になれば良いなぁと思っていたけど、そうとも限らないのかも。彼らはワイガヤしながら楽しそうにやっていなぁ、と思い出しだ。テストのときには、「こいつと同じグループじゃ嫌だ!」とか喧嘩している輩もいたが、1人でPCに向かって黙々と勉強することでは得られない貴重な勉強をしていたのかも。今後、途上国、先進国を問わず、学校でPCが1人1台に提供される教育環境となっていくとしても、やはり人と学ぶってのが、非常に重要だと改めて感じました。

ICT4D in ルワンダ

数年前からICT4D関連ニュースで、ルワンダがICTに非常に力を入れているというトピックを良く見かける(例えば、ルワンダのICT政策についてのこんなブログ記事もあった)。そして、この10月にルワンダがITUの評議会に選ばれたというニュースがルワンダ政府のICTに対するポジティブなコメントとともに、All Africa.comというサイトに掲載されていた。

ルワンダというと、マンチェスター大学の同級生に一人ルワンダ人がいた。当時、OLPCが話題になり始めた頃で、その女性はOLPCにも凄くポジティブな期待を抱いていた。自分は、「PC配るだけじゃ駄目でしょ?」とOLPCにネガティブな意見を持っていたので、その女性とディスカッションしたときに、「こんなにOLPCに期待してるんだなぁ」とちょっと驚いた。

コースワークの一環でクラス全員でインドのバンガロールへ行ったとき、彼女があまりにインドに詳しいので、聞いてみたら、バンガロールの大学に留学していたとのこと。なんでインド留学したのか?と聞いてみると、シリアスな回答でズンときた。

映画「ホテルルワンダ」で有名なルワンダ内戦によって、多くの知識者層が亡くなったり国外へ脱出していった背景から、ルワンダ政府は未来の知識者層育成のために、優秀な学生を積極的に海外留学させたという。しかし、イギリスやアメリカは多くの学生を送るには物価が高すぎる。そこで、インド留学が選択され、彼女にもインド留学の機会が与えられたとのこと。

「そうか、この人って自分の国の未来を背負ってんだなぁ。」と感じた。

ケニアと共にルワンダが東アフリカでのICT産業の中心地になろうと頑張っているという記事がGardian.co.ukのブログでもトピックになっていた。期待がかかる一方で、脆弱なインフラなど心配材料も多々ある点が指摘されており、「ナイロビで開かれた東アフリカICTサミットのなかで、インターネットによる地域発展についてスピーカーが話している最中に、停電になるという皮肉な事態に陥った」といった厳しい現実も書かれていた。

最近、ルワンダは外国に移住したルワンダ人達を自国に引き寄せ、欧米流ビジネスを学んだ彼らが経済発展に貢献しているという。ルワンダのICTによる発展が、自分の同級を含むそういった人達により成功することを願いたい。

OLPCは失敗例の見本なのか?

OLPCから学べる教訓は?というのが、Educational Technology Debateの議題になっていました。OLPC (One Laptop Per Child)プロジェクトの進め方と、理想的なプロジェクトの進め方を比較し、OLPCは理想的なプロセスの真逆であると指摘し、“学べる点は「どうしたらいけないのか」という悪い点だけ”という痛い評価。

良いICT4Eプロジェクトにするには、PC供与だけに予算をつぎ込むのではなく、カリキュラムの見直しやインフラ整備、故障対応といった必要な要素にバランス良くお金を使うことが必要。さらに、教師や生徒の親、コミュニティリーダーを巻き込み、パイロットプロジェクトの実施・評価を通じて、段階的に規模を拡大し、パイロットプロジェクトが学んだことを考慮して、州レベルでその地域に合ったハード・ソフトを選択する。こういった方法が失敗しない正攻法。

一方OLPCはというと、どんどん100ドルPC(XO)を児童へ配布することに資金を注ぎ込み、その他のこと(パイロットプロジェクトの評価、カリキュラム見直しやインフラ整備、故障対応など)はボランティア頼りで、配慮が不十分。ハード・ソフトの選択肢はなく、どのエリア、どの国でも、同じPC。結果、(ごく稀な好事例を除いて)せっかく供与されたPCを授業で活用できない(しない)教師、家ではゲームしかしない生徒、壊れたままのPC・・・といった散々な結果が現状。

と、上記のようにかなり厳しい評価が述べられてました(まぁ、議論するための問題提起なんだと思いますが)。

それに対して多くの意見が書き込まれていて賛否両論。そのなかで、自分が賛同できるコメントがあったのでご紹介。Clayton R. Wrightという方が、こんなコメント書いてました。

「そもそも、PC配るだけじゃなくて、カリキュラム見直しやインフラ整備、故障対応といったそれ以外の要素が成功には必要だということは最初っから誰もがわかっていたことだろう。色々な要素が一緒にならなければ、教育の向上はありえない。だた、OLPCプロジェクトが全部を出来る訳じゃない。OLPCは「PC供与」をやるプロジェクトだ。それ以外のことは、政府がやったり別の団体がやればいい。現実、それをやった国とやらなかった国があるだけ。」

その通りなんだと思った。OLPCが注目され始めた頃から、「PC配るだけじゃ駄目」的な意見は色々なところで言われていた。問題は、やらなきゃいけないとわかっているのに出来ない点。
前回の投稿で、ICT4Eプロジェクトについて、「ICT導入そのものが問題解決でない!それを どう使うか、ITリテラシー、教師のスキル・モチベーション向上、インフラ環境、政府の教育ポリシー、といった諸々の諸事情を考慮して、ホリスティック (総合的・全体的)な対策を取ることで、ICTは教育の質・量の向上に大幅に貢献する」みたいなことが数年前から言われているが、それ以上の進歩がない、と書いた。

結局、技術的な課題やら組織的な課題やら、多岐にわたる課題に同時にメスを入れていかないと駄目なことはわかっているけれど、色々な関係者が、「まずは自分が出来るところ・得意なところ・やりたいところ」から始めてしまい、誰もそれを統率出来ていないのが問題なんだと思う。NGOや企業が何もしないより出来ることから支援することに対し、援助機関から「援助するな」と制御は出来ないし、「自分の金でやってんだから文句言うな」と言われればそれまで。第一、途上国の人々は、カリキュラムの見直しなんかがなしだとしてもノートPC欲しいと思うし。(実際、自分がエチオピアにいたときも、教員配置の目処がなくとも新しい学校建設を欲する地域住民や、薬や電気が確保出来ないのにクリニックに冷蔵庫を設置したがるNGOと一緒に仕事をしてました。)

理想としては、当事者である途上国のリーダー(政府の偉い人だったり、プロジェクトを牽引する担当者だったりNGOだったり)が、多岐に渡る課題(ITリテラシー、教師のスキル・モチベーション向上、インフラ環境、政府の教育ポリシーなど)にどうやって同時にメスを入れていくのか、その辺のバランスを取れるだけの能力を持てれば良いと思う。

とは言え、先進国でもITプロジェクトが上手く行く可能性は高くはないという現実を見ると、この意見も「理想はそうだが実際はね・・・」の域を出ないなぁ。。。

エチオピアのOLPC

昨日のブログのコメントで、マンチェスター大学の同級生だったChirsが、エチオピアのOLPCプロジェクトについてのプレゼンテーションのことを書いていたのでリンクを見てみると、Africa gatheringのイベントで、David Hollow(ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校の博士課程の学生)がエチオピアのOLPCプロジェクトについてプレゼンをしていた。

プレゼンによると、エチオピア政府は5000台のOLPCを購入し、5000台を寄付でゲットしたとのこと。PCを獲得したものの指摘された問題は、XO用の教材不足と教師への訓練不足だ。英語のデジタルテキストをエチオピアの公用語であるアムハラ語に変えなくてはいけない。これが教材不足の原因。児童はXOでデジカメ代わりに使ったり、音楽を聴いたりといった用途で使うことを自分自身で覚えていったようだが、アムハラ語の教材不足も影響して、どうも勉強というよりは遊びにちかい使い方が主だったと言える。また、授業中にXOを使うと、児童が教師の話を聞かなくなるという問題も。さらに、児童は家でもXOを良く使用していたが、親達は「オモチャで遊んでいる」と見ており、XOのせいで以前よりも勉強時間が減ったという不満の声も親からは上がった。

なるほど色んな問題があったようだ。

昨日の話題に戻ると、Educational Technology DebateのコメントでChrisは、「家で児童が教わりもしないのに独りでXOの使い方を習得していったことは、Constructionism(構造主義)の目指すところであり、この点においてエチオピアのOLPCは成果があったのではないか」と述べている。ニコラス・ネグロポンテのOLPCプロジェクトの目的は、児童が独りでも学習することが出来る環境を作ることにある。PCを配るのが目的ではなくて、その環境を作るための方法が100ドルPCなわけだ。だから、エチオピアの例でいけば、期待した結果が出ているともとれる。

しかしながら、Scott Kippは、PCの使い方を習得するのがConstructionismの目指すところではなく、考える力を養ったり、創造力を高めるといった、日本語でいうところの所謂「地頭の良さ」を独りでも鍛えられるのがConstructionismである。だから、エチオピアの例はまだまだ期待した成果とは考えられないといったことをコメントの返答に書いていた。

やはりプロジェクトの成果を図るには、「目的がなにか」という点をクリアにしておかないと評価が難しいと改めて感じる。OLPCの成果も評価もこれからだと思うけど、どの視点から評価するかがキーになりそう。ITスキル向上じゃなくて、やっぱ教育の質・教育へアクセスの向上が上段に位置する目標だから、上記の議論はScott氏に軍配が上がるかな。。。

OLPCプロジェクトから学べる点は?

InfoDevとUNESCOのバックアップでおこなわれているEducational Technology Debate。現在のテーマは、OLPCプロジェクトから学べる点は何か?(What We Learned from OLPC Deployment)。OLPCについてはこのブログでも何度か紹介してましたが、ついにウルグアイとペルーで、児童一人についき一台のOLPCという環境が達成されたようです。約40カ国の国々での配布台数が100万台を超えた今、OLPCプロジェクトを振り返って学べる点は何かということが議論のテーマ。

いつくかの意見が書かれてましたが、学べた点として重点が置かれていたのは、「やっぱり現場のやる気次第だ」といったことが強調されています。「色々な国で様々なアプローチでOLPCが導入され、それぞれの国で状況によったメリットや困難がリポートされているが、結局、総じて言えることは、現場の教師をどうプロジェクトに巻き込むかがカギである。教師の主体的な協力がないと、OLPCが生徒に配られても、先生の板書をOLPCの画面にタイプしているだけ・・・といった状況にもなりかねない。」といったことが指摘されてます。

たしかに、途上国の教育現場では、教師の持つパワーは強く、その教師は場合によってはOLPCによってその威厳を奪われる可能性もある。生身の教師VSノートパソコンという構図でなく、ツールとしてテクノロジーをどう使いこなし、教育の質を向上させるかは、やはり教師にかかってくるし、それ故に教師に対するキャパシティディベロップメント的な訓練が必要になる。ちなみに、自分がエチオピアのプラズマTVについて修士論文を書いたときにも、同様の結論に帰結した。

やっぱりテクノロジーはそれだけでは期待するメリットはなく、使う人間の方の能力を向上させるようにしないと、ICT4D、ICT4Eプロジェクトの成果は上がらないのだろうと改めて思う。

エチオピアのOLPC調査結果

One Laptop Per Child NewsにエチオピアでOLPCに携わってきたThomas氏が、その印象について投稿していました。

内容はそんなに詳しくは書いていないのですが、面白かったのが、「エチオピアに来たこともない人や3週間しか滞在してない人達が、100MBのWi-Fi環境の自宅から、エチオピアのOLPCの現状についての評論投稿をしているのは、ちゃんちゃらおかしい」というようなことを訴えている点。どうもThoms氏は2006年からエチオピアに滞在している方らしい。自分も、首都アジスアベバでも計画停電があるエチオピアでのネット環境等は想像がつくので、この皮肉っぽい物言いが、すごくおかしく感じた。

本題の調査については、オランダの大学「Universigy of Groningen」が2年間の現地調査をやっているとのこと。最初の4ヶ月の調査結果から、Thomas氏が以下5点を指摘してます。

1. 児童はOLPCを学習道具としてみている
2. 児童の学習時間がOLPCによって増加した(主に自宅での学習時間)
3. OLPCによって児童の論理的思考や空間把握能力が劇的に向上した
4. OLPCは児童が学校へ行くモチベーション強化に貢献した(特に田舎)
5. 4ヵ月後の学習能力は次のように向上している
OLPCを使用しているすべての学校の平均では3%の向上
特に大規模にOLPCを活用している学校では13%の向上

こんな調査をやっている大学があるとは、すごく羨ましい。でも、自分は参加出来ないので、時間があればOLPCのWikiで何か書き込んでみようかと思ってます。